2017-05

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東近江市問題は差別事件にあらず(2)

 『解放新聞』では、あまり事件の内容や経過がわからないので、もう少し詳しい経過を確認しておこう(資料は、主として2008年3月25日(火)に愛荘町で行なわれた「愛荘町役場への東近江市民による電話での同和地区問い合わせ差別事件真相報告集会」で配布された資料、および2008年10月3-5日に宮崎県で開催された部落解放研究第42回全国集会第4分科会での東近江市問題の報告資料による。)

 2007年8月16日に問い合わせ事件は起こった。会話の中味は、前回紹介したとおりである。電話を受けた愛荘町役場は、着信履歴から電話番号を特定し、東近江市との情報交換、特定作業を経て、電話の発信者を確認した。そして、東近江市は、同日17日、22日、23日、28日の4回にわたり単独で聞き取り調査を実施、10月4日には愛荘町と合同で聞き取り調査をしている。
 まず確認しておかなくてはいけないことは、東近江市自体が、この件を差別事件ではないかと疑って、調査に乗り出したということである。通報を受けて、即日、該当者を割り出し、4回もの聞き取りを実施しているのは、電光石火の早業で、なかなかできないことだ。そして、調査の結果、この件に関して、東近江市は、部落差別事件ではないが、良くないことには違いないという認識で、本人に反省文を書かせている。私の読む限りでは、東近江市の対応は、迅速適切で、解放同盟に抗議されるどころか、表彰されてもいいぐらいのものに思える(もっとも、運動的には表彰できても、人権上の問題はあると思う。この点は、後に述べる)。

 ところで、東近江市がY氏に話を聞いた結果、この事案の特異な事情が判明する。通常、「○○地区は同和地区ですか」という問を発するときは、差別をするためか研究をするためかにはっきりと分かれるもので、どちらでもなく、「ただ知りたかった」というようなことは、過去にはあまり例がない。このことは、部落解放同盟が指摘する通りである。しかし、問い合わせ事件を起こしたY氏が事情聴取に対して答えたことは、以下のようなことである(全研資料に掲載されている東近江市の報告より)。

「…電話をかけた事実について、自分がかけたことに間違いないと1回目の聞き取りから話され、以後の聞き取りについても素直に応じてくれました。
 電話当日、びわ湖放送が放映している人権問題・同和問題のスポット放送を思い出し、その時、20年~25年ほど前に当時の八日市公共職業安定所を訪れ、外の自転車置き場で3~4人の人が話している会話をそばで聞いた場面の記憶がふと蘇ってきたようです。その会話とは、同和地区の人たち同士が同和問題の話しをしているようであって、その折りに、「愛知川の○○〔平居(ひらい)、同和地区ではない―灘本による補足〕は地区」「八日市の○○町の△△」「わしも同和」とかいう言葉を耳にしたようです。
 なぜ、このような電話をしたのかについては、記憶の中の「愛知川の○○は地区」が本当かどうかどうしても知りたくなり、役場に聞いてしまったということでありました。聞き取りの中で、「愛知川の○○」については、「場所も知らない」「知った人もいない」「尋ねてほしいとの依頼もない」とのことでありました。また、知ってどうしようということも感じられませんでした。
 「八日市の△△」と発言したことについては、「どちらの方か」と当直者に何度か名前を聞かれたことや、やや強い口調で尋ねられたため、このようなことを聞くことは悪いことなのかなと思い受話器を下ろそうとしたが、同和地区同士なら教えてくれるかな、ととっさに以前の職業紹介所で耳にした名前が出てきたとのことでありました。…」

 それにしても、50歳過ぎのいい大人が、どうしてこんなことをと思うのだが、このY氏は、心身に不調があり、自分で思い込んだことに強く固執してしまうようなメンタルな課題も抱えているようである。また、母親とは別居していて、生活保護を受けながら一人で暮らしているということである。

 この事件を簡単に言えば、こういうことだ。―テレビで流れてきた同和問題啓発スポット放送の「同和」の言葉に触発されたY氏の脳裏に20数年前の記憶が蘇り、「愛知川の平居は地区」という話しが気になってしかたがなくなった(ちなみに、「平居」はY氏の住所から北西数キロのところにある。そんなところに同和地区があったっけと、疑問に思ってもそれ自体は、不思議ではない)。役所に聞けば疑問は解決すると思って尋ねたところ、強い口調でとがめられ名前を聞かれたので、苦し紛れに、これも職安での記憶をたよりに、「八日市の○○町の△△」〔○○は同和地区の地名で、△△はありふれた人名―灘本による補足〕と部落民をよそおって答えた。

 たしかに、この件は、たいへん人騒がせな事件(「事件」は大げさにしても)であり、役所としても、こんな問い合わせに振り回されるのは困りものだろう。Y氏の行為は、迷惑な奇行ではある。しかし、差別事件ではない。
 そもそも、Y氏の証言を信用するならば、「愛知川の平居」という地名にしても、「八日市の○○町の△△」という人名にしても、もとはといえば、同和地区住民とおぼしき人たちにより、不特定多数が聞いているような状況下で公然と語られたものである。Y氏を責める以前に、そんな人たちをなんとかしなくてはいけない。もし、私がそこに居合わせたら、「あなたたち! 何を言っているんだ。何処そこが部落だの、誰それが部落民だの。自分で何を言っているかわかっているのか! 部落民だからと言って、何を言っても許されると思うんじゃない。解放同盟の支部に通報して、統制処分にかけるぞ!」とどなっているかもしれない(部落民だから解放同盟員だとは限らないけれども)。まぁ、何処が部落で、誰が部落民かわかっても差別しない、されない社会をめざしているのだから、冷静になれば、のんきにそんな話しをしている部落のおっちゃんのほうが、却って健全なのかもしれないが(願わくば、仲間内のざれ言で言うのではなく、地域社会で胸を張って生きていてくれればいいのだが)。
 それはともかく、その時の印象を、Y氏は「人が聞いてもあきれるようなことを言ってはったでな」「知らん人が聞いたら一般の人を脅しているような感じにとれる」と語っている。部落解放同盟やそれに同調する行政は、この発言をもって、Y氏に差別意識ありと言いたがるのだが、それはあまりに一方的な話と言わなくてはならない。こんな話をワイワイガヤガヤ言い合っている人たちを見たら、部落内外を問わず、良識ある人の顰蹙をかって当然であろう。Y氏の今回の行動は、もちろんほめられたものではないが、しかし、Y氏だけに責任を負わせるような問題ではなかろう。
(続く)

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東近江市問題は差別事件にあらず(1)

 現在、部落解放同盟滋賀県連合会が、東近江市で起こった問題を、部落差別事件と断定して、大きくとりあげている。明日から始まる第23回人権啓発研究集会(部落解放研究第16回滋賀県集会を兼ねる)の全体会でも大々的に取り上げられる予定である。全体会2会場でそれぞれ2つずつの4つの報告・講演のうち、3つがこの東近江市問題であり、力の入れ方が分かろうというものだ。
   http://blhrri.org/info/ivent/keihatsu08/keihatsu08.pdf

 私は当初、この問題にあまり関心を持っていなかった。ある地域が同和地区かどうかを役所に問い合わせた人がおり、それが差別ではないといっている東近江市は、いったいどういう役所だ。今どき、こんなことを部落差別でないといっている地方自治体があるなんて、びっくりだ。よほど部落解放同盟が嫌いな市長が喧嘩を売っているのか。あるいは共産党系の労働組合が強く、地球上には部落差別が存在しないので、その地球の表面に貼り付いている東近江市に部落差別は存在し得ないと言っているのか。ともかく、こんなこと、差別であるとかないとか、議論するまでもないことだ…と考えていたわけである。
 この事件に関する第1報である解放同盟中央機関紙『解放新聞』2007年10月29日号は、次のように紹介している。
 
「07年8月16日午後7時25分、愛荘町役場愛知川庁舎宿直室に男性の声で「○○(地名)は同和地区か」と尋ねる電話があった。
 対応した職員は、どちらの方ですかと尋ねると「八日市○○町(地名)の○○(人名)」と答えた。さらに名前も教えてほしいというと「私も同和地区や。同和地区かどうかが聞きたいだけや」と返答。
 職員が「電話の内容は問題である」というとともに再度名前を尋ねると「同和地区かどうかが聞きたいだけ、あかんことはわかっている」といって、一方的に電話を切った。
 *その後の調べで、差別問い合わせをした男性の名前と住所が判明した。その結果、電話でいった住所も名前もウソであることが分かった。」
   http://www.bll.gr.jp/siryositu/siryo-syutyo2007/news2007/news20071029-4.html

 その後、『解放新聞』紙上で2008年5月5日号、同12月22日号でも続報している。
   http://www.bll.gr.jp/news2008/news20080505-5.html
   http://www.bll.gr.jp/news2008/news20081222-4.html

 これらの記事を読むと、私が、差別事件であるという印象を持ったことも理解してもらえると思う。ところが、ちょっとしたきっかけで、この事件について興味を持ち、関係資料をよく読んでみて、何人かの関係者からの話を聞いてみると、そうとう違う印象…これが差別事件で東近江市が同罪であるといえるのか、大いに疑問を持つに至った。
(続く)

東近江市問題(予告)

 現在、東近江市で起こった問題につき、部落解放同盟滋賀県連合会は、「同和地区問い合わせ差別事件」として大々的に取り上げています。
 このことにつき、私は、「差別事件ではないので、解放同盟は矛を収められよ」と書くつもりでおります。
 きたる2月12・13日に滋賀県で開かれる人権啓発研究集会で、全体集会の4分の3をついやして、この事件が取り扱われるようで、それまでには、このブログで書こうとは思うのですが、少しぎりぎりになりそうです。参加予定の方は、前日の夜に、一度このブログをのぞいてください。(^^;

地域活動家としてのオバマさん

 この大不況の時に大統領になったオバマさんはたいへんだ。というか、たいへんなことになったから、クリントン夫人やマケイン氏をオバマ氏が打ち破ることになったのだろうが(この点については、下記の「300日戦争~金融恐慌が後押しした劇的な勝利」を参照してください)。ともかく、オバマさんにはがんばってほしい。せっかくだから、初の黒人大統領というだけでなく、危機に遭遇してもなお挫けず、指導力を発揮した偉大な政治家として名を残してほしいものです(そのためには、マスコミも国民も、憂さ晴らしのためのバッシングをするなよ! って、日本向けに言いたいが…)。

 オバマさんがどんな人か、まだ自伝の類を読んでいないので、あまり知らないんですが、このブログを読んでいる人向けには、下記の記事をお薦めします。「名門コロンビア大学を卒業し、ニューヨークのコンサルティング会社で高給を取っていた生活を捨てて、サウスサイドにやってきた。そして、住民が抱える社会問題を解決するために、年俸1万ドルで地域活動家になった。」 この一文を読んだだけでも、興味をそそられるでしょう。
 本当は、日本の部落解放運動や同和行政は、もっともっとすごいことを成し遂げてきたので、世界に自慢してもいいんだけど、その偉大な遺産は、徐々に食いつぶされて、今や過去のものとなりつつあるのが、悲しい。
 それはともかく、ここ数十年間の同和事業獲得運動としての部落解放運動の後、被差別部落で必要になってくる「地域住民活動」は、オバマさんがやったような、地道なものに学んで再生する必要があると思います(というか、部落解放運動の初心に帰るというか)。何かの参考までに。

※ シリーズ「オバマ 勝利の真実」金田信一郎、『日経ビジネスONLINE』
(1)300日戦争~金融恐慌が後押しした劇的な勝利(2008.11.5号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081104/176222/
(2)シカゴ オバマを鍛えた貧民街(2008年11月6日号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081105/176303/
(3)歴史の復讐 民族分断とテロの悲劇を越えて
     ケニア、インドネシアに辿る次期大統領の足跡(2008.11.10号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081107/176582/
(4)「黒人大統領」が目指す夢
     経済危機はマイノリティーパワーが救う(2009.1.23号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090122/183552/

麻生太郎氏による野中広務氏への差別発言(『ニューヨーク・タイムズ』

 魚住昭著『野中広務 差別と権力』(2004年、講談社、p.351-2。のち、講談社文庫)に次のようなくだりがある。(なお、この本を作るにあたっては、魚住氏が私のところへやってきて、いろいろと聞いたので、親近感をもって読んだ。なかなか興味深い本である)。登場するのは、麻生太郎氏と、野中広務氏である。

   2003年9月21日、野中は最後の自民党総務会に臨んだ。…「総務会長!」と甲高い声を
  上げたのはそのときだった。立ち上がった野中は、「総務会長、この発言は、私の最後の
  発言と肝に銘じて申し上げます」と断わって、…政調会長の麻生のほうに顔を向けた。「総
  理大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出
  身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の3人の
  メンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣のポストに
  ついていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」
   野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にして
  うつむいたままだった。

 この話は、どうも事実のようなのだが、そののち、部落解放同盟中央本部はまったく取り上げようとせず、今日に至っている。もし、この発言が本当で、しかも運動団体がそれを問題にしないならば、何のための運動か問われなくてはいけない。
 そうこうするうちに、ニューヨーク・タイムズがこのことを調べに、去年の暮れに私のところへもやってきた。相当、あちこち聞いて回ったようだ。そして、昨日、1月18日号の『ニューヨーク・タイムズ』にこのことが、でかでかと記事になった。しかも、インタビューに答えた麻生太郎氏の支持者でイシカワ・ヨーゾーという人物が、指4本を出しながら、「あの連中は…」と記者に話したというのである。
 この麻生発言問題は、このまま放置しておいてよいのだろうか。せめて、事実関係でも公表してほしいものである。

※ ニューヨーク・タイムズ紙にのった麻生太郎差別発言の記事
   http://www.nytimes.com/2009/01/16/world/asia/16outcasts.html

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