2008-12

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

部落民なき部落解放運動

 2008年もいよいよ今日を残すのみ。2008年の部落解放運動を振り返ってみると、あまり前向きで明るい材料はなかったという思いが強い。
 とりわけ、「飛鳥会事件」以来(本当は「ハンナン事件」も一連のものと考えるべきであるが)の部落解放運動・同和行政をめぐる不祥事報道を受けて出された「部落解放運動への提言 一連の不祥事分析と部落解放運動の再生にむけて」(2007年12月12日)にもかかわらず、部落解放運動の自浄能力はまったく発揮されなかった。お先真っ暗である。
 ところで、2008年の部落解放運動を振り返って、忘れられないのは、不祥事に対する自浄能力の問題だけではなく、部落大衆の部落解放運動離れが顕著にすすんだことである。 さる12月4日、京都会館で開かれた「京都部落差別事件真相報告集会」(主催:部落解放・人権政策確立要求京都府実行委員会)に参加した。私は、部落解放運動に関わって、36年、京都で関わってからでも32年になるので、部落解放同盟員が参加していれば、だいたいどの方面からの参加者かはわかる。普通の集会であれば、名前のわかる人だけでも何十人かはいるのである。ところが、今回参加して驚いたのは、解放同盟員の姿がまったく見えないことである。参加約300名ぐらい(もう少しいたかな。かつてピーク時は2000人ぐらいだったと思うが)の人たちをぐるっと見渡しても、知り合いの同盟員がまったくいない。一瞬、開催にあたって実行委員会の中で意見の相違でもあり、解放同盟がボイコットしたかと思うぐらい、同盟員がいない。しかし、一応、雛壇には部落解放同盟京都府連の幹部が数名ならんでいるので、トラブルではなさそうだ。私は近眼なので、広い会場を見渡して、顔がすべてわかるわけではないのだが、参加の顔ぶれは、入社10~20年めの社員の研修会みたいな感じで、運動関係者はたぶん30人に満たなかっただろう。
 つまり、年に2回の大きな集会(冬の真相報告集会と、夏に総会がある)の参加者が、企業、宗教団体、教育関係者、労働組合で占められているということである。参加していた解放同盟の幹部諸氏が、なんだかバツの悪そうな顔をしていたのは、私の気のせいかな。少なくとも、私は、参加者に申し訳ないような恥ずかしいような気がして、冷や汗が出た。部落差別をなくそうという集会に部落民がいないとは、どういうことだ。
 しかし、よく考えてみれば、集会に参加しているのは、おおかたは、ちゃんと日当の出る=業務として来ている人ばかりである。かくいう私も、大学の人権センター室長として参加しているので、自由参加の一市民ではない。解放同盟員は、昔は公務員の職にある人が、職免(職務免除)で来ていたわけで、それができなくなった今、有給までとって来ようという人がいないのも、わからないわけではない。部落解放同盟員を動員しようと思えば、夕方にやるか、土日にやるかしかなく、その場合は、企業側は社員を休日出勤にさせなくてはいけないので、あまり歓迎されないことになる。しかも、解放同盟員に自主参加を呼びかけても、どれだけ来るかはお寒い状態だろう。
 こうして、部落解放運動は、共闘団体を頼るしかない状態にまで衰退したとみて間違いない。そして、どちらを取るかが今や問われている。少ない人数でも、自主的参加に期待するか、部落民のいない恥ずかしさに耐えて、平日に、共闘関係の動員に頼るか。私の考えるところでは、もう、これ以上、解放同盟が外部の動員に頼って、数の上でのバブル集会を続ける意味はないのでなないかと思う。このことについては、また機会を改めて書くつもりである。
 ついでに、集会内容にコメントしておけば、これがまた大問題である。後半の、「福岡県立花町連続差別ハガキ事件」の報告はまだしも(しかし、はるばる福岡から来てもらわなくては、事件と称するような差別の問題は、無くなったのかな)、前半の「朝日放送「ムーブ!」報道と取り組み」に至っては、何をかいわんや。同和事業・部落解放運動をめぐる不祥事報道に対して、自ら正さなくてはならないことを棚に上げて、報道番組のあらさがしに終始したもので、冒頭述べた「提言」を黙殺する内容であったことは、遺憾千万なことであった。朝日放送には、この不当な圧力に屈して謝罪などすることの無いようにお願いしておく。この点に関しては、稿を改めて書くつもりであるが、実に不愉快な集会だった。エセ同和行為の援護射撃につき合わされるなど、まったく御免こうむりたいところである。
スポンサーサイト

お涙頂戴

 「たかじんのそこまで言って委員会」。無事、放送終了。
 村太郎さんのがんばりは、おおいに讃えます。村さんが、あの場に出てきて、あれだけのことを語るのは、なかなかたいへんだったでしょうし、番組終了後も、いろいろたいへんかもしれません。同情します。
 しかし、出だしは悪くなかったと思ったんですが、最後まで見ると、なんとも古臭いお涙頂戴の結末になりましたねぇ。「胸を張って生きて行ってください」だなんて。あんな暗い番組になったら、部落は差別されてもしかたがないな…。まぁ、参加することに意味がある、部落問題をテレビで取り上げたことだけでもいいとしましょうか。
 確かに、村太郎さんとしては、明るく語りようがないことは理解できます。猿回し自体が、地元山口では差別の対象で、やっと部落からなくなったと思ったら、村さんのお父さんが復活させて、地元部落からは猿回しを白眼視され、学校でも部落がマイナスの存在として扱われていたのだから。
 『アエラ』2008年11月3日号にこの番組のきっかけになった栗原美和子さんの『太郎が恋をする頃までには…』(幻冬舎、2008年10月)の話が載っています。タイトルは、「歴史とたたかう結婚 フジテレビ栗原美和子「夫は部落出身者」、猿まわし師村太郎の独白」。そこに、いろいろな経緯が書かれているのですが、特に気になるところは、p.17です。栗原さんが小説を書くにあたって、「太郎の最大の注文は、物語をハッピーエンドにしてほしくないというものだった。「いろいろあったけど幸せになれるんだ、では意味がないんだと思う。僕たちはたまたま幸せな結婚ができた。でもそこに至らない人たちはたくさんいる。それを問いかけるものにしてくれないか」」。というところです。実際の話は、お母さんが反対したといっても、比較的ハッピーエンドなのに、なんで小説に書くときには重い話にして、妊娠のうえ離婚するみたいな暗い結末にならなくてはいけないのか、まったく理解に苦しみます。差別を語るときは、重大深刻なものとして語らなくてはならないという、ルサンチマン型部落解放運動の悪しき影響でしょうかねぇ。この小説を書くことをすすめた幻冬舎社長の見城徹さんは、善意だったのかもしれませんが、結果的には相当の悪趣味といわなくてはなりません。そもそも、私自身はこの小説をあまり評価していないのです。そのことを先にこの番組づくりを請け負っている制作会社の担当者に言っておくべきでした。後悔先に立たず。
 差別の問題で、重要なことは、被差別の側の差別への向き合い方であることを、今まで20年間ぐらい、繰り返し繰り返し主張してきましたが、今回も、それを叫ばずにはいられません。被差別の側の物差し、価値観が、差別する文化の物差しのままでは、そして、被差別者の中で自分の存在がマイナスのままでは、差別は乗り越えられないと。
 「たかじん…」の前回のヒットが、今回のダブルプレーで台無しですね。まぁ、成功もあれば失敗もある。人生山あり、谷ありです。これからは、番組の構成や結末のもっていきかたに、よくよく警戒しておかなくてはいけないと思いました。

ブログ再起動

 4月以来、このブログの更新を怠ってしまいました。今ひさしぶりに触ってみたら、ブログの操作方法自体を忘れかかっていました。重症ですね。(^^)v
 その間、訪問してくださった方には、無駄足を踏ませてすみませんでした。気を入れなおして、取り組むつもりですので、お付き合いください。
 このブログで主要なテーマとしている部落解放運動に対して、いろいろ問題提起や批判をしてきたのですが、あまりにも運動の現状がひどく、そんなことにいちいちかまっているより、自分のやるべきことを坦々とこなしていけばいいのではないか、というような半分投げやりな気分にとらわれていたのが、筆が鈍ってしまった大きな理由です。
 しかしながら、退潮期にあるとはいいながら、運動を無批判に放置しておくと、それはそれで、害毒を垂れ流し続けてくれるということも、この8ヶ月ほどの間に痛感してきました。いくら自分で地道に道の掃除をしていても、その端からゴミを撒き散らしている人が存在している以上、その問題にも取り組まなくては、単なる自己満足に終わってしまう。そう思い定めて、筆を進めていくつもりです。

 ところで、余談ですが(まあ、本題でもあるか…)「たかじんのそこまで言って委員会」に、11月に引き続き再登場します。本日、12月28日(日)13:30~15:00放映予定。もう、あと4時間後です。今回の討論内容は、あまり自分的にはお薦めではない気もしますが、編集がうまくできていれば、部落問題を生々しく語った最初の番組として永久に語り継がれるかもしれませんし、うまくできなければ、単なる差別の厳しさを不必要に強調した運動の尻追い番組になってしまうかもしれません。まぁ、時間があって、放送の圏内にいたら見てください。

※ たかじんのそこまで言って委員会公式ホームページ
   http://www.ytv.co.jp/takajin/

«  | HOME |  »

カレンダー

11 | 2008/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

最近の記事

ブログ全記事表示

全ての記事を表示する

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

灘本昌久へのメール

ここから直接メールを送れます

あなたの名前:
あなたのメールアドレス:
このメールの件名:
本文:

FC2カウンター

QRコード

このブログに、携帯からアクセスできます

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。