2009-01

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大河ドラマに賤民が登場

 NHKの大河ドラマ、「篤姫」のあとは「天地人」。
 25日の第4回を見ていると、上杉謙信(阿部寛)に贈るために描かせた「洛中洛外図屏風」を、織田信長(吉川晃司)と豊臣秀吉(笹野高史)が見ているシーンが出てくるのだけれど、屏風の部分をアップにした4カットのうち、2カットに犬神人(いぬじにん)と節季候(せきぞろ)が出てきました。
 特に制作者は何か意図があって賤民を登場させたわけではないのでしょうが、京都の部落史の常連さんが出てきたので、なんかうれしかったですね。古くからの知り合いがテレビに出てきたみたいで。大河ドラマの見方としては、かなりマニアックですが。(^^)vまぁ、どのみち「洛中洛外図屏風」を映したら賤民だらけなのですが。
 ところで、『解放新聞』(広島版)2008年11月5日号を見ると、1面に「TBS(RCC)が差別放送」という見出しがおどっています。何事かと思ったら、「徳川埋蔵金」を扱ったバラエティ番組の1シーンで、古文書の中に「穢多」という文字が映っていたというのです。それがどうしたのかと思ったら、どうもしていなくて、「なんの脈絡もなく「穢多」の文字」を映したことが差別なのだそうな。何の悪意もなく「穢多」の文字が出てきても、全然差別じゃないではないですか。何とも思わずに出して、見た人が何とも思わない。それこそ、部落差別がなくなった時でしょう。告発した部落解放同盟広島県連の小森龍邦顧問(元中央本部書記長)は、よほど「穢多」の文字が嫌いみたいですが、「穢多」の文字で差別されてきたからといって、歴史的に存在したものをなかったことにはできませんよね。それに、穢多、宿…など、中世から近世にかけて存在した被差別グループの名称など、100を超えるかというぐらいあり、そのうち多くは現在まで被差別地域として存在しているわけで、それらすべてを文字としてテレビに登場させないことなど、無意味ですし、不可能でしょう。差別されたのは「穢多」だけだと思っているから、そんな無意味な要求が出てくるので、最近の部落史研究の発展を学習していたら、出てきようもない要求ですね。まったく、自己の勉強不足と部落第一主義を露呈していると言わなくてはなりません。
 りっぱな解放運動をしてくださいという贅沢はいいませんから、せめて余計なことをしないようにはしてもらえないもんでしょうか。まったく、トホホな運動があったもんだ。

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オバマ演説

 オバマさんの大統領就任演説には、全世界が注目していましたね。私自身は、あまりに過度な期待をかけるのは、オバマさんに気の毒だと思っていましたので、特に落胆はしませんでしたが、ものすごく期待が大きかったせいか、マスコミ的にはやや落胆の空気がありますね。それはともかく、オバマ演説の全文は下記で。

※ オバマ大統領就任演説全文(『読売新聞』)
 http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081107-5171446/fe_090121_01_01.htm
 日英対訳なので、英語の勉強にもなります。(^^)v

 読売に全文が載っているのを、ニューメディア人権機構のメルマガ「ふらっとプレス」(2009/01/23発行 No.0381)で知りました。このメルマガは、映画情報なども載っていて、なかなか有用なので、購読(無料ですが)をお薦めします。

※ ニューメディア人権機構のメルマガ「ふらっとプレス」
   http://www.jinken.ne.jp/about/magmag.html
   http://archive.mag2.com/0000066949/index.html←バックナンバー


 ついでに、オバマ演説が対比されることの多い、かの有名なキング牧師の「私には夢がある」演説は、下記で。学生から聞いたところでは、最近では日本の英語の教科書にも載っているのだとか。

※ 私には夢がある演説(I Have a Dream Speech)
 動画(約18分)
  http://www.mlkonline.net/video-i-have-a-dream-speech.html
  http://video.google.com/videoplay?docid=1732754907698549493
  http://www.americanrhetoric.com/speeches/mlkihaveadream.htm
   ↑英文付き
 和訳
  http://longtailworld.blogspot.com/2006/02/i-have-dream-speech.html
 日本語による「私には夢がある演説」の文章ごとの詳しい解説(ただし、全文ではなく抄録)
  近江誠『感動する英語!』(2003年、文藝春秋、1470円)音声のCD付き。
  http://www.amazon.co.jp/dp/4163655107/

 キング牧師は、1968年4月4日に暗殺される前日、次のように語ったそうです。「皆さんと同じように、私も長生きがしたい。長生きをするのも悪くないが、今の私にはどうでもいいのです。神の意志を実現したいだけです。神は私が山に登るのを許され、私は頂上から約束の地を見たのです。私は皆さんと一緒に行けないかもしれないが、ひとつの民として私たちはきっと約束の地に到達するでしょう。」(ウィキペディア「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア」より)。キング牧師が山の頂上から見た景色の中に、オバマ大統領の姿は見えていたんでしょうか…。

私たち“使い捨て”ですか~広がる日系人の解雇~

 この不況の中、外国人労働者へのしわ寄せが強まっていますが、1月23日(金)19:30~19:55NHK総合テレビ「かんさい熱視線」の「私たち“使い捨て”ですか~広がる日系人の解雇~」を見て、その厳しさを見せつけられました。そして、普通に酷いというより、企業側のやり方のえげつないこと。ある派遣会社社長のいうには、日系ブラジル人を管理するのに重要なことは、日本人労働者と接触して、待遇の差に気がつくことのないようにしむけることだそうです。そのために、日本人とは別に専用の寮に住まわせ、専用の送迎バスで送り迎えし、深夜労働で時間もずらせて働かせる。そうすると、雇用保険、健康保険、有給休暇などがあることに気づかなくて、安くこき使えると。本当に、強欲な。革命を起こしたくなるね。(^^)v
 部落解放運動を発展的に解消・再生して、地域での人権活動の必要性を感じている人は、この番組は必見です。再放送は、1月26日(月)11:05~11:30 NHK総合2 Gコード3701355。(ただし、関西限定と思います)
 この種の有用なテレビ番組を見逃さないように、「京都部落問題研究資料センター メールマガジン」を購読しましょう。
※ 京都部落問題研究資料センター メールマガジン
   http://archive.mag2.com/0000088471/index.html
※ 「かんさい熱視線」のHP
   http://www.nhk.or.jp/osaka/program/nessisen/

地域活動家としてのオバマさん

 この大不況の時に大統領になったオバマさんはたいへんだ。というか、たいへんなことになったから、クリントン夫人やマケイン氏をオバマ氏が打ち破ることになったのだろうが(この点については、下記の「300日戦争~金融恐慌が後押しした劇的な勝利」を参照してください)。ともかく、オバマさんにはがんばってほしい。せっかくだから、初の黒人大統領というだけでなく、危機に遭遇してもなお挫けず、指導力を発揮した偉大な政治家として名を残してほしいものです(そのためには、マスコミも国民も、憂さ晴らしのためのバッシングをするなよ! って、日本向けに言いたいが…)。

 オバマさんがどんな人か、まだ自伝の類を読んでいないので、あまり知らないんですが、このブログを読んでいる人向けには、下記の記事をお薦めします。「名門コロンビア大学を卒業し、ニューヨークのコンサルティング会社で高給を取っていた生活を捨てて、サウスサイドにやってきた。そして、住民が抱える社会問題を解決するために、年俸1万ドルで地域活動家になった。」 この一文を読んだだけでも、興味をそそられるでしょう。
 本当は、日本の部落解放運動や同和行政は、もっともっとすごいことを成し遂げてきたので、世界に自慢してもいいんだけど、その偉大な遺産は、徐々に食いつぶされて、今や過去のものとなりつつあるのが、悲しい。
 それはともかく、ここ数十年間の同和事業獲得運動としての部落解放運動の後、被差別部落で必要になってくる「地域住民活動」は、オバマさんがやったような、地道なものに学んで再生する必要があると思います(というか、部落解放運動の初心に帰るというか)。何かの参考までに。

※ シリーズ「オバマ 勝利の真実」金田信一郎、『日経ビジネスONLINE』
(1)300日戦争~金融恐慌が後押しした劇的な勝利(2008.11.5号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081104/176222/
(2)シカゴ オバマを鍛えた貧民街(2008年11月6日号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081105/176303/
(3)歴史の復讐 民族分断とテロの悲劇を越えて
     ケニア、インドネシアに辿る次期大統領の足跡(2008.11.10号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081107/176582/
(4)「黒人大統領」が目指す夢
     経済危機はマイノリティーパワーが救う(2009.1.23号)
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090122/183552/

WEB紹介:底辺高校の卒業生が見た「オバマ」への希望

WEBの記事紹介です。

ルポ:“弱者”として生きるアメリカ
林壮一「底辺高校の卒業生が見た「オバマ」への希望 底辺高校の卒業生が見た「オバマ」への希望」『日経ビジネス ONLINE』(2009年1月21日)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090116/182972/

 アメリカの格差再生産の状況がわかります。


長野美穂「「今度こそ本当の奴隷解放よ」、69歳の黒人女性は言った」『日経ビジネス ONLINE』(2009年1月21日)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090120/183205/

 これで、「黒人だから××できない」という時代には一区切りですね。黒人がどこまでも上へ行ける。しかし、黒人にとって、「ガラスの天井」(平等を建前としながら、隠然と垣根を作られる)がなくなったことと、現在のように、人種差別を主たる原因としない貧困の再生産が克服できるかは、別の問題です。これって、部落問題と同じ課題ですよね。

We have overcome.

 オバマさんが、無事、大統領に就任しましたね。授業でも、アメリカの公民権運動を扱っているので、何としても、初めての黒人大統領誕生の歴史的瞬間をこの目で見ておかねばと、昨日は深夜3時まで大統領就任式の生放送を見ていたので、今日は、睡眠不足です。しかし、後々、教科書に太字で書かれるような歴史的瞬間をこの目で確認できて、大満足。
 アメリカの人種差別主義者の人たちは、黒人の進出を阻むためには、手段を選ばないところがあるので、オバマ氏が宣誓を終えるまでは、どこからか狙撃されるのではないかと、手に汗握る思いで見ていましたが、宣誓が無事完了して、本当に、がっくり力が抜けるぐらい安堵しました。
 連邦議会議事堂前に集まった人の中に、"We have overcome"というプラカードを掲げている人がいました。まさに"We shall overcome!"=「我らは打ち勝たん」という公民権運動の合い言葉が実現して、"We have overcome!"=「我らは打ち勝った」わけですね。英語の文法の例文に使えそうです。
 1954年のブラウン判決、1955年のモントゴメリ・バス・ボイコット運動から半世紀あまり。苦難の末に、やっと黒人の大統領が誕生。長い気もするし、あの酷い人種差別の時代から50年でここまで来たのだから、早いと言えば早いですね。
 これから、オバマ大統領がすごい実績をあげるにせよ、あるいは、成果を上げずに終わるにせよ、黒人が大統領になったという、そのことだけでも大きな一歩です。これから、黒人大統領が在任する中で生まれ育った黒人の子どもたちは、今までとは違った自己像を描くでしょうね。もっとも、現在の多くの黒人の人たちが余儀なくされている貧困が、すでに人種差別の解消では解決しないことが、今まで以上に明確になっていくでしょうが。

麻生太郎氏による野中広務氏への差別発言(『ニューヨーク・タイムズ』

 魚住昭著『野中広務 差別と権力』(2004年、講談社、p.351-2。のち、講談社文庫)に次のようなくだりがある。(なお、この本を作るにあたっては、魚住氏が私のところへやってきて、いろいろと聞いたので、親近感をもって読んだ。なかなか興味深い本である)。登場するのは、麻生太郎氏と、野中広務氏である。

   2003年9月21日、野中は最後の自民党総務会に臨んだ。…「総務会長!」と甲高い声を
  上げたのはそのときだった。立ち上がった野中は、「総務会長、この発言は、私の最後の
  発言と肝に銘じて申し上げます」と断わって、…政調会長の麻生のほうに顔を向けた。「総
  理大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出
  身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の3人の
  メンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣のポストに
  ついていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」
   野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にして
  うつむいたままだった。

 この話は、どうも事実のようなのだが、そののち、部落解放同盟中央本部はまったく取り上げようとせず、今日に至っている。もし、この発言が本当で、しかも運動団体がそれを問題にしないならば、何のための運動か問われなくてはいけない。
 そうこうするうちに、ニューヨーク・タイムズがこのことを調べに、去年の暮れに私のところへもやってきた。相当、あちこち聞いて回ったようだ。そして、昨日、1月18日号の『ニューヨーク・タイムズ』にこのことが、でかでかと記事になった。しかも、インタビューに答えた麻生太郎氏の支持者でイシカワ・ヨーゾーという人物が、指4本を出しながら、「あの連中は…」と記者に話したというのである。
 この麻生発言問題は、このまま放置しておいてよいのだろうか。せめて、事実関係でも公表してほしいものである。

※ ニューヨーク・タイムズ紙にのった麻生太郎差別発言の記事
   http://www.nytimes.com/2009/01/16/world/asia/16outcasts.html

灘本昌久「部落解放の新しい道」

 以下の文章は、1年前の2008年1月に、ある新聞社の依頼で書いたものであるが、その後、ボツになったものとみえ、音沙汰がない。捨ててしまうのももったいないので、ここに掲載しておく。
 こういうケースは、私の場合、よくあるんです。頼まれたから書いたのに、掲載を拒否されたり、頼まれたから引き受けた講演が、あとで取り消しになったり。もう少し、部内で腹をくくってから依頼してもらいたいものです。

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灘本昌久「部落解放の新しい道」
 この二年間というもの、同和問題(部落問題)に関心があり、あるいはその解決を願う者にとっては、気の重い日々だった。東日本では、さほどではなかったようであるが、関西方面では、同和事業や部落解放運動「先進地」における醜聞が、繰り返し報道された。
 たとえば「飛鳥会問題」は、部落解放同盟の支部長が駐車場の使用料(年間数百万円)を着服していたばかりでなく、顧客獲得で学校教育現場に食い込みたかった銀行と持ちつ持たれつの関係をつくりながら、暴力団に数十億を融資させ、それが三十億円以上(一説によれば五十億以上)焦げ付いたというものである。また、奈良市では、市職員であった部落解放同盟の幹部が、十数年間にわたってほとんど仕事をせずに、市役所内を徘徊して談合や職務強要を重ね、妻の経営する建設会社に仕事を受注させた。
 今回明らかとなった不祥事の問題点は、こうしたことが引き起こされたこと自体もさることながら、それらの事象が長年多くの人に認識されていながら、放置されてきたことである。たとえば飛鳥会事件の小西邦彦氏は、一九八五年の暴力団抗争で射殺された組長に、愛人用のマンションを提供していたことが明らかとなり、事件後、部落解放同盟大阪府連の委員を辞任したと聞いていたが、よもや支部長として居座っていたとは、開いた口が塞がらない。便所の差別落書きでさえ、その施設管理者の責任を「差別体質」として厳しく追及してきた運動団体ならば、自らの「腐敗体質」として猛省・改善してもらわなければならない。
 また、同和地区住民を多く雇い入れ、就業保障してきた自治体における職場規律の紊乱も、昨日今日起こった問題ではない。私は、運動と行政の力関係がそのまま職場に持ち込まれることによる職場の混乱や不正行為が、いずれは世論の袋叩きに会って、同和問題への理解を訴えるどころではなくなると心から心配してきた。「特に悪質な職員五人ぐらいの首をばっさり切ればシャキッとするのに」と言わざるを得ない状況になったのが、一九八〇年代、かれこれ二〇年以上前のことである。
 かつて同和地区の生活は貧困で、教育の機会もあたえられず、そうした悲惨な生活実態が差別意識を助長していた時代があった。そこから今日の改善された状況にまでひっぱってきたのは、部落解放運動の大きな功績である。しかし、一九六〇年代末から本格的に開始された同和事業は高度経済成長とあいまって、差別問題解決の妨げになるような極端な貧困をなくしてきた。現在の同和地区にみられる貧困の多くは、差別とは無関係に存在しうる、日本社会全体に広がる貧困・格差の一端であり、部落問題として取り扱っても解決は不可能である。
 確かに、同和事業という経済的利益の獲得を期待されるようになった団体が、そこから足を抜くのは、部落解放運動でなくとも困難なことである。しかし、マスコミをにぎわした「最強の弱者」というべき得体のしれない人たちに食い込まれ、差別解消を犠牲にしてまで生き残ったとすれば、部落解放運動としては本末転倒であろう。
 今回、マスコミによって、問題点が明らかにされ、かつ世論の批判が冷静な範囲内にとどまっているのは幸いであった。この際、施策獲得を中心とする古い運動の路線を捨てることによって、組織が十分の一のサイズに縮小するとしても、新しい道を進むべきである。もし部落解放運動が、行政を主たる相手にした守旧的運動に固執するならば、今までの数十年間の先人の努力を食いつぶすことになり、ついには、「偽装弱者」の汚名さえ着て、消滅していくことになるだろう。
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南果歩さんの在日カミングアウト

 ここ数年来、テレビ、ラジオ、週刊誌などで、俳優、歌手、スポーツ選手などが在日韓国・朝鮮人であることをカミングアウトするケースが増えているような気がします。この2、3年、私が偶然目にしただけでも和田アキ子さん、都はるみさん、岩城滉一さんなど。また、アイヌであることをカミングアウトした宇梶剛士さんも、なかなか自然なかたちでよかったです(『朝日新聞』2008.11.13夕刊)。昨日も、「徹子の部屋」で女優の南果歩さんが、在日韓国人で、韓国に先祖の墓参りに行っていると言っていました。特に、カミングアウトという大仕事という感じでなく、自然に。最初に言ったのは、ウィキペディアによれば「2007年1月11日放送のNHK総合のトーク番組『スタジオパークからこんにちは』内で」だそうなので、昨日のはカミングアウトではないですが、印象深かったです。ただ、残念なことに、昼食後ウトウトしていた時だったので、ほとんど聞き損ねていました。さいわい、1月16日(金)19:00からBS朝日で再放送があるので、興味のある人は見てください。
 しかし、岩城滉一さんの場合、可哀想なことに、ウィキペディアの項目で、在日韓国人であることが削除されていました。項目の「ノート」のタブをクリックして理由を読むと、「プライバシーに関わること」「「徹子の部屋」でカミングアウトしてたけど、公式記載にないから載せるべきではない」とか書いてあります。「徹子の部屋」で言及したときは、自分の属性の一部としてかなり根性入れてしゃべっていたと思うんだけど、おせっかいな人によって、人格の一部分が消されてしまいましたね。「おばあさんはフランス人」と書いてあっても、「プライバシーだから削除する」とは言わないでしょうに。

※ ETV2002「イムジン河―私を変えた歌」
    http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~nadamoto/work/20020710.htm

※ 「中村ゆり、南果歩「カミングアウト」 「在日」隠す芸能界に異変」
    http://www.j-cast.com/2007/05/29008004.html

『女性セブン』に村太郎さん

 1月6日(火)発売の『女性セブン』(2009.1.22号)に、先日「たかじんのそこまで言って委員会」に一緒に出演した村太郎さん関係の記事が出ていました。見開き2ページの短い記事です。見出しを拾っておくと「「反省!」の猿まわし師(47) 部落差別 テレビでカミングアウトへの道程 フジテレビ有名プロデューサー・栗原美和子さん(43)と結婚」。
 ここに載っている二人の写真は、自然体で、幸せそうないい感じです。

ノーベル賞秘話

 去年は、ノーベル賞受賞の件で、たいへんなフィーバーでした。私が所属する京都産業大学は、現役の教授である益川敏英先生が受賞したので、それはそれは大フィーバーでした。私などは担当外なので、単に喜んでいればいい気楽な立場でしたが、広報課や学長室の関係者は、それはそれはたいへんそうでした。受賞直後、学長室の事務室の前を通りがかったら、室内の数人みんなが受話器をとっていて、猫の手を借りたいどころか、タコの手も借りたそうでした。
 しかし、不思議な気がします。京都産業大学の職員手帳を見たら、もちろん私の研究室の電話番号が載っているのですが、そのページを裏返したら、ま裏に、ほとんど背中合わせに益川先生の名前と研究室の電話番号が載っています(「な」と「ま」だから近いわけなんです)。なんか、すご~い身近にノーベル賞学者がいるわけで、嬉しいような、自慢して歩きたいような。しかし、一方で、学部が違うので(理学部と文化学部)、普段はほとんどお見かけすることもなく、言葉を交わしたのも2、3回しかありません。まるで、遠い世界で起こっているような、縁遠い感じもします。
 毎年、ノーベル賞発表の日になると、学内にマスコミ関係の中継車などが数十台おしかけてくる恒例の風景も、これでお仕舞いかと思うと、少し寂しくもあります(毎回、受賞に至らず「力が及ばず申し訳ない」と謝っておられた益川先生は、これで一安心。別に「俺が取るから、取材に来い」と言っていた訳ではないので、益川先生にはいい迷惑だったでしょう。)。まぁ、益川先生の受賞が一件落着したので、この際、次はこの灘本が人権研究でノーベル平和賞でも狙いましょうか。ははは。(^^)v まぁ、ありえんな。そんなことが起こる確率より、小惑星が地球にぶつかって、人類が消滅する可能性のほうが高い…。
 それはともかく、ノーベル賞にまつわる素敵な話をつづった、伊東乾氏の「ノーベル講演を共著者に譲った南部博士―坂田、戸塚両博士の遺影と「原爆の光からクラゲの光へ」」『日経ビジネス オンライン』をご紹介します。
 伊東氏の述べられているように、今回受賞した日本人(日系)の4人の記念講演とそのエピソードは、なかなかすばらしいものです。戦争によって実現しなかったお父さんの夢を語った益川さん、自分の学説の自慢話をするのではなく、受賞に至った経過を説明し、師匠や共同研究者の業績を讃えた小林さん、廃墟となった長崎の被爆地をプレゼンテーションした下村さん、そして、受賞に漏れた共同研究者のイタリア人学者に授賞式での講演をさせるために仮病を使った(?)南部さん。こうしたことは、あまりニュースでは見られなかったのですが、インターネットの時代はありがたいものです。是非、伊東さんの文章と、文中にリンクが張ってあるそれぞれの演説を聴いてみてください。(回線状態が悪いのか、動画が少しカクカクするかもしれません)

※「ノーベル講演を共著者に譲った南部博士―坂田、戸塚両博士の遺影と「原爆の光からクラゲの光へ」」
    http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081226/181406/
    各受賞者の講演の動画には、この中にリンクが貼ってあります。

謹賀新年

 みなさん、明けましておめでとうございます。
 今年は週1での更新を目標に頑張るつもりですので、よろしくお付き合いください。
 年賀メール用に書いた年次報告を、やや時期おくれですが、ここに貼り付けておきます。
 参考になることもあるかもしれませんが、あまりに個人的なことで、興味がなければ読み飛ばしてください。

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2008年の活動報告
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1.研究上のこと
・論文 2008年は、というか、ここ何年か、紙に印刷された論文などのアウトプットができておりません。これが、去年の中での最大の問題です。反省。
・講演 2008年は比較的、件数は少なかったです。だいたい、月に1回ぐらいのペースで、東は東京、西は広島あたりの範囲でした。新幹線沿線は楽です。
・ブログ 昨年4月から年末にかけて、長~い休眠状態でしたが、年末に再起動しました。
※ 灘本昌久のブログ
  (業界紙というか、戦闘詳報みたいな内容ですので、一般向けではありません)
   http://nadamoto.blog20.fc2.com/
     「ブログ再起動」
       http://nadamoto.blog20.fc2.com/blog-entry-44.html
     「お涙頂戴」
       http://nadamoto.blog20.fc2.com/blog-entry-46.html
     「部落民なき部落解放運動」
       http://nadamoto.blog20.fc2.com/blog-entry-47.html
・テレビ出演
  3月6日、毎日放送の夕方のニュース番組「Voice」にインタビューで出演。
   最近の同和行政・部落解放運動不祥事につきコメントしました。
  11月16日、大阪読売テレビ制作「たかじんのそこまで言って委員会」に
   出演して、部落問題の歴史と現状についてコメントしました。
  12月28日、おなじく「たかじんのそこまで言って委員会」に出演して、
   部落問題に関してコメントしました。
※ たかじんのそこまで言って委員会公式ホームページ
   http://www.ytv.co.jp/takajin/index_set.html

2.私生活上
・特に問題もなく、お蔭様で平穏に過ごしておりました。ありがとうございます。
・2008年の1月に1ヶ月くらい風邪を引きずったのですが、再度11月から1ヶ月以上風邪を引きずり、年明けの現在に至って、なお全快せずに引きずっております。年のせいかな。体を鍛えなくてはいけませんね。
・散歩とサイクリングはポツポツやりました。特にサイクリングは、琵琶湖沿いに素晴らしい景色があるので、条件は抜群です。サイクリングロードも整備されつつあります。まだ、琵琶湖一周つながってはいませんが。

・研究室のモニターを24インチにしました。BENQ G2400W(=台湾製)。5万円ぐらい。同じサイズでも、前年の3分の2から半分ぐらいの価格です。これで、家でも研究室でも、大画面で作業ができ、抜群の環境になりました。ノートパソコンの液晶画面は、全然使わなくなり、ノートパソコン本体を液晶大画面にケーブルで接続するだけになりました。A4で2ページが左右見開きで表示できるので、メモを見ながら文章を書いたり、切り貼りしたり、快適です。

・ICレコーダの古いのが壊れたので、思い切って新しいのを買いました。SANYO ICR-PS185RM(S)。壊れた機種は、テープレコーダより音が断然悪かったのですが、今のICレコーダはテープより音が良くなりましたね。メモリの部品が安くなって、データを圧縮しなくなったからですね。鉄道の音マニアの人たちなどは、さぞ喜んでいるでしょう。私の使い道は、通勤途上、思いついたことをメモする(信号待ちのタイミングで)だけですので、それほど音質はこだわらないのですが…。ためしに、お茶を急須から湯飲みに注ぐ音を録音してみましたが、まるで直接聞いているように、細部まで再現されます。

・電化製品の話題ばかりで恐縮ですが、ついにブルーレイの録画機(=Panasonic ディーガ DMR-BW830-K)を買いました。悲しいかな、金欠で、ハイビジョンテレビは買えないまま、17年前のテレビを使っているので、ブルーレイは、パソコンのモニタ(こちらがマニアックにもフルハイビジョン)につないでいるという状態ですが、ドキュメンタリーや環境問題、旅行番組などがハイビジョンで録画・再生できてうれしいです。それに、ブルーレイのメディアが安くなってきて、単位データ量あたりの単価はDVD-Rとほぼ同等になってきました。今後は、ブルーレイのほうが安くなるでしょう。今までのアナログ標準画質では味わえない空気感が伝わってきて、飢餓や戦争のニュースでは胸がつまりますね。すでに、ハイビジョンで見られている人はわかると思うんですが、あまり細部まで再現されるので、たとえば、「篤姫」の宮あおいさんの顔に、シリーズ中盤ぐらいからにきびが目立ってきたのがよくわかって、変に心配になったりしました。顔の皺もよく見えますね。ハイビジョンになって、女優さんたちは化粧方法を変えなくてはいけなくなったという話の意味が実感できました。
 今年の目標は、ハイビジョンのテレビを買うこと(録画機を先に買うのが、ちょっと転倒してるのですが)。もう32インチが6万円台であるんだから、目標にするほどのこともないのですが、学生3人をかかえていると、家計がきつくて。(^^;;;;;

・去年は、映画館であまり見ていませんが、授業で「太平洋戦争」を教えていることもあり、年末、映画「私は貝になりたい」(主演:スマップの中居君)を見ました。中居君、なかなか、熱演でした。というか、役作りのため、細い体から更に数キロの肉をダイエットしたそうですが、戦犯として長い拘禁生活を送った感じがよくでていました。この映画に連動して、もとのフランキー堺主演のドラマと映画の両方がDVD化されたので、そちらも見ようと思っています。
・2008年に見たDVDの中でおすすめは、DVD「ブラッド・ダイヤモンド」(主演:レオナルド・ディカプリオ、2006年、アメリカ作品)かな。ダイヤモンドが産出することによる利権をめぐって、ヨーロッパ諸国がアフリカをぐちゃぐちゃにする話ですが、サスペンスで娯楽映画的に面白く、かつアフリカの置かれているひどい状況がよくわかります

3.大学の仕事
・文化学部の基礎ゼミ(2回生が履修)「現代社会論」を2008年度も引き続き担当。恒例の松の浦セミナーハウス(産大の合宿所で、琵琶湖畔にあるログハウスです)で合宿。なかなか、楽しかったです。
   http://www.kyoto-su.ac.jp/outline/co/images/k4matu.jpg
 しかし、最近の悩みの種は、インターネットの発達・普及により、学生の発表準備に要する労力が少なくなってきたことです。これは、こちらの課題の与え方に問題があるのですが、たいがいのテーマは、ウィキペディアなどにうまく書いてあるので、あまり調査しなくても、最低限の発表ができてしまいます。2009年度は、ゼミの進め方を徹底的に検討しなおさないといけません。
・ところで、その基礎ゼミなのですが、2009年度のむけての募集に、応募者多数。無理して全員とったのですが、文化学部最大級で30人の大所帯となりました。これ以上増えると、ゼミとは言えなくなるので、来年度からは、選抜しなくてはいけないと思いますが、とりあえず、今年はこの人数をかかえて、がんばります。なんか、大勢に目を配らなくてはならず、羊飼いの犬になったような気分です。

・京都産業大学の人権センター室長を務めて丸5年になるのですが、犯罪被害者や交通事故の遺族が全国を回っている「生命のメッセージ展」を、人権センターが中心になり、大学の行事として、11月の3日間、京都産業大学でやりました。スタッフや学生たちがアイデアを一杯だしてくれて、大きなイベントになり、なかなかたいへんでした。準備に1年かかりましたが、まぁ、参加家族の方々が、泣いて喜んでくださったので、現場監督としてはやった甲斐がありました。
※ 生命のメッセージ展
   http://www.inochi-message.com/
※ 生命のメッセージ展 in 京都産業大学 報告集
   http://www.kyoto-su.ac.jp/outline/hr/lives/houkoku.html
    ↑1回でうまく表示されなかったら、再読み込み(リロード)してください。
     縦に長いページが現れます。真ん中あたりの赤いTシャツが私です。
・その他、人権センター室長は、セクハラの予防・解決の最前線突撃隊長で、いろいろ扱います。個別の案件についてはコメントできませんが、1年を通じて、訴えや相談があり、心の休まる暇がありません。
※ 京都産業大学 セクシュアル・ハラスメントの防止及び対応ガイドライン
   http://www.kyoto-su.ac.jp/outline/hr/sexual/gaide_line.html

4.今年の抱負・予定  あまり、大風呂敷を広げると、実行不可能なので、ちょっとだけ…。
・前々から懸案の、雑文集を必ず出版します。…これ、毎年言っているような…。
・ブログの充実をはかり、外向けの発信を強化します。

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