2017-10

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山路興造「鴨河原と芸能者たち」

 世界人権問題研究センターは毎年「講座・人権ゆかりの地をたずねて」という連続講演会を行なっており、その講演録が冊子として刊行されている。そのうち、2006年度の講演録に、山路興造氏の「鴨河原と芸能者たち」が掲載されている。
 山路氏は、国立文化財研究所芸能部嘱託、京都市文化財保護課参与、京都市歴史資料館館長をはじめ、かずかずの要職を歴任された芸能史研究の著名な研究者である。また、部落史研究の観点からみると、中世賤民と芸能の関係について、山路氏の研究は、それに言及せずには何も語ることができないほどの重要な位置をしめており、『中世の民衆と芸能』(京都部落史研究所編、阿吽社、1986年)や『翁の座―芸能民たちの中世』(平凡社、1990年)、『京都の部落史』第1巻(阿吽社、1995年)などすでに何冊かの書物に著されているとおりである。今回紹介した講演録は、そうした研究をもとに話されたもので、中世から江戸時代初めにかけての京都における芸能と賤民の関係が、まるで目の前に展開されているように巧みな話術で語られ、専門家でない人にも理解しやすいものとなっている。
 河原者が天皇や貴族に菊を納品していることの意味や、「櫓銭」といわれる見世物興行に伴う権益の変遷など、山路氏の解説は、事柄や現象の背後にある根っこをぴたりと言い当てて、脳みそにスーと入ってくる感じだ。難解な専門書を読むのに登山の苦しさを感じるとすると、この講演録を読むのは、スキー場を滑り降りる爽快さがある。
 歌舞伎の変遷の話も、「古典芸能」の格式ばった解説ではなく、遊女歌舞伎や野郎歌舞伎を経て発展する一大風俗産業史を見るごとくで、夜の商売をする遊女が、昼の間に四条河原の舞台で顔見世の踊りをおどって、そのまま客をつれて同伴出勤する話などは、妙に納得させられる。
 これらの話が、薀蓄(うんちく)おじさんの酒飲み話ではなく、厳密な研究の裏づけをもって語られるのがすごい。厳密で思い出したが、出雲の阿国が歌舞伎踊りを踊ったのは、四条河原ではなく、北野天神なのだそうだ。それをまねて、遊女が踊った場所が四条河原であったそうな。高校の教科書などには、この俗説・通説のまま書いてあったような気もするが、ともかく素人だけでなく、専門家にも読んでもらったほうがいいかもしれない1冊である。

※世界人権問題研究センター
   http://www.mmjp.or.jp/jinken/
※2006年度 講座・人権ゆかりの地をたずねて
   http://www.mmjp.or.jp/jinken/univ/lecture06.html
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