2017-08

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沈み行くタイタニック

 今日、京都会館で開催された第39回「人権交流京都市研究集会」に参加した。これは、従来、「部落解放研究京都市集会」という名称で開催されてきたものであるが、補助金を出している京都市が同和問題のみをテーマとする集会にはお金を出し渋るので、人権一般を表看板に変えざるをえなくなったもののようである。しかし、実体は部落解放同盟主催で部落問題を中心に話し合う集会であることに変わりはないので、この名称変更は「人権偽装」といわねばならない。(もっとも、集会の資料集に名称変更の弁明を長々と理由を書いているので、大本営発表主催者の公式見解を知りたい人はご一読願いたい)
この部分につき、事実誤認であるとの指摘を間接的に聞きました。一度確認すべきと思いますので、一旦削除します。(2008.2.19 22:40)
↑再度訂正しました。訂正結果は、緑で表示。訂正理由は3.20の記事を参照(2008.3.20)

 部落解放同盟は、同和事業の打ち切りにあれほど反対して、行政の担当部局の名称を「同和対策課」から「人権対策課」に変えるだけでも差別行政だと文句を言ってきたのに、お金欲しさに「部落」から「人権」に看板をすりかえるなど、よくそんな恥ずかしいまねができるなと、つくづく嫌になる。もちろん、行政が部落一辺倒の政策をあらため、間口を広げることは大切なことであるが、運動が自分らの看板を捨てるのは、自殺行為といわねばならない。
 それはともかく、今回は、いつになく参加を楽しみにしていた。というもの、参加予定だった第1分科会は「部落解放再生への道」と題して、最近の同和不祥事をふまえての議論で、しかも、『同和利権の真相』など、部落解放運動の不正腐敗を告発し続けてきた寺園敦史氏が発言者として呼ばれていたからだ。私としては、ハブとマングースの戦いを篤と見学させてもらおうと、勇んで行ったわけである。

感想1.議論の中味以前に、対立する論者が、同じテーブルについて議論できたということは、たいへん貴重な試みだったと思う。部落解放運動に限らず、日本における言論空間は、似たりよったりの論者がちまちまっとかたまって、いつも同じ歌ばかり歌っているのが常だけれども、今回のように真っ向から対立する論者が一同に会するのは良いことである。また、単に集まっただけではなく、静かに人の話に耳を傾ける雰囲気が会の終わりまで貫かれたことは、感動的でさえあった。寺園氏に対する野次も一切なく、議論は活発に行なわれた。初めから終わりまで野次と怒号の支配する国会の議員諸氏に参観させねばならない(日本の国会議員は品のないこと甚だしい。とてもではないが、他国の人に日本の国会は見せられない。議論の場としては、もっとも低劣、下品である)
※灘本昌久「棲み別れて安住すべからず」(『京都部落問題研究資料センターメールマガジン』48号、2004/3/29)

感想2.発言者の一人稲積謙次郎氏の話も、たいへん傾聴に値するものだった。部落解放運動は、もっと他者の意見に素直に耳を傾けるべきであるということを繰り返し強調しておられたが、まったくその通りである。もっとも、稲積氏の心からの忠告が、いまひとつ同盟幹部に伝わっていない感じではあったが。

感想3.寺園氏が、部落解放同盟が実質的に主催する集会に出席して、発言の労をとられたことは賞賛に値する。だれしも、自分の話に批判的にな人たちの集会に一人でやってくるのは、気分的に疲れるだろうけれども、そこを敢えて出てこられたことに敬意を表する。

感想4.このように、テーマといい、発言者の顔ぶれといい、たいへん興味深く、意義深いものであったにもかかわらず、解放同盟幹部諸氏の発言にはがっかりさせられどおしだった。もう少し時間があったら、手をあげて、徹底的にこきおろしてやるべきだったが、フロアからの発言が活発で、時間がなかったのは残念だった。そもそも、寺園氏の今までの執筆活動が、部落のマイナスイメージを振りまいているかのごとき発言を平気で繰り返す人々(といっても、2人ほどであるが)がいたのには、驚かされた。寺園氏が、今まで1文字も書いていなくても、同和事業をめぐる不正・腐敗の問題は天下周知のことであるし、また、たとえば京都市役所における部落関係者・運動関係者の問題行動は、隠しようもない事実である。寺園氏の書いていることなど、まだまだ氷山の一角であり、かわいいもんで(勤務中の中抜けなど…)、私が知っていることを、運動に敵対する意図で暴露したら、それこそ部落解放同盟など一夜にして崩壊してしまいそうなほどである(何千万円の規模にのぼる組織の金の運動幹部による使い込み、同和住宅建設費用の暴力団への横流し、部落の企業者の不正を握りつぶすための関係者への脅迫など。なんとか運動の自浄作用に期待して我慢しているが、その我慢もそろそろ臨界点近しですよ)。京都市役所に勤める人にとって、部落からの雇用者がやっかいな人々と映っているのは、なにも寺園氏のせいではない。そもそも、役所内での部落関係者の問題行動は1980年代から顕在化していることで、寺園氏が文章に書く10数年も前からの話である。

感想5.しかし、同盟幹部に少し同情して解釈すれば、現在陥っている運動の問題が、まだよくわかっていないんだろうなと思う。わかっていない状態で、組織を背負って発言するので、どうしても防衛的、弁明的になるのだろう。こんな時代に幹部を引き受けている人は、ある意味で損な役回りではある。しかし、マスコミや寺園氏に責任を転嫁する前に、「今起こっている不祥事や問題は、あげて我々運動の側に問題があった。部落解放に賛同し共鳴している人々に心からおわびする」という姿勢をとって、そのスタンスをくずさずにおいてもらいたいもんだ。責任を外へ外へと押し付けるようでは、信頼回復など永久に不可能である。今日の発言の酷さを前にしていると、沈みゆくタイタニック号になすすべもない乗客になった気分である。
 しかし、さきほどいったように、運動が違う意見をたたかわせる気になっているところに、ほんのわずかの望みをつなぎ、沈没寸前のタイタニック号の上でバイオリンを引き続けた音楽家をなんとか見習いたいとは思っている。
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