2017-10

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「人権交流京都市集会」への名称について

 このブログの2008.2.17の記事「沈み行くタイタニック」で、「部落解放研究京都市集会」が「人権交流京都市研究集会」に変わったことについて、批判的に書いたところ、集会の実務を担当した方より、概要以下のような意見があった。

1.名称変更は、京都市からの圧力によるものではなく、基調報告に書いてあるとおり、「多くの社会的な矛盾を解決してきた部落解放運動や、同和事業、同和教育の成果を普遍化していく」必要があると集会主催者側で主体的に考えた結果である。
2.この意見は、抗議というものではないが、研究者が発言するからには、事実をちゃんと調べてからにしてもらいたい。
3.おちょくったような文章は不快である。

 以上の意見を聞いて、私は大いにおどろいた。確かに、今まで、この京都市集会に関しては、パネリスト、司会、裏方として、何年も関わってはきているのだが(「反天皇制」を批判した筆禍事件までは)、名称変更について具体的な経過・理由を聞いて批判したわけではなく、推測で書いていたからである。したがって、1~3については、不適切であったので、まずもってお詫びしたい。
 しかし、正直なところ、部落解放同盟みずからが「部落解放」の集会名称を進んで放棄することなどあるのだろうかと、疑問には思うし、また、うやむやのうちに放棄することは運動の自殺行為であるという考えは変わらないので、念のため関係者に問い合わせたところ、今から3年程前にはすでに京都市から部落解放同盟京都市協議会に対して「“同和”とか“部落解放”の名称では集会への補助が出しにくいので、何とかしてほしい」という打診、要望があり、両者のあいだで話し合いが持たれていたそうである。そもそも私の推測は、まったくのあてずっぽうで書いたわけではなく、ここ何年来の行政、運動、研究(特に、京都部落問題研究資料センター所長としての4年間)の中での様々な経験の降り積もった中から書いたので(“部落解放”を“人権”に変えて欲しいとの要望を含む)、それほど外れていたとは思わないのであるが、やはり、名称変更に関して、補助金との関わりは無きにしもあらずといわねばならない。そして、市の当局者や解放同盟の上の方で話はついたのだけれども、それを露骨に言うわけにもいかず、うやむやの形で下に名称変更の方針をおろしたのではなかろうか。←ここは、推測であるが。
 しかし、文章上、不適切なところがあるので、再度、2008.2.17の記事を訂正する。「大本営」に関しては、てっきり基調報告を書いた人が名称変更の裏の事情を知っていたと勘違いしていたので、削除。また、「お金欲しさ」は、表現が下品であるので削除する。
 こんな訳で、字句の訂正は、大山鳴動ネズミ一匹の感があるが、集会名称変更の問題に関しては、部落解放運動の今後に関わる重要事項だと思うので、今後、中味の議論を続けたいと思う。
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